資源が豊富なマグネシウムと紙から低環境負荷の新型電池を開発

2024年03月19日

国立大学法人東北大学
AZUL Energy株式会社

資源が豊富なマグネシウムと紙から低環境負荷の新型電池を開発

塩水で駆動、ウェアラブルSpO2測定器やGPSセンサー用電源に応用

発表のポイント

  • 安全な触媒と紙、マグネシウムをベースに「金属空気紙電池」を作製しました。
  • 塩水をトリガーに1.8 Vの電圧と100 mW/cm2以上の出力を実現しました。
  • ウェアラブル酸素飽和度SpO2測定器(注1)やGPS(注2)センサー用電源への応用が可能であることを実証しました。他にも様々なウェアラブルデバイスや非常用電源などへの応用が期待されます。

概要

次世代のエネルギーデバイスには、高出力・高容量だけでなく環境負荷が低いことも求められます。しかし一般的な電池には、環境負荷が高くて資源量に制限のある様々な重金属やプラスチックが材料として多用されてきました。

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR)の藪浩教授(主任研究者、同研究所水素科学GXオープンイノベーションセンター副センター長)、電力中央研究所の小野新平上席研究員、東北大学発ベンチャーのAZUL Energy株式会社(宮城県仙台市、伊藤晃寿社長)、英国のスタートアップであるAMPHICO(アンフィコ、登記名:Amphibio Ltd、英国ロンドン、亀井潤社長)からなる研究グループは、燃料電池と金属空気電池の一種であるマグネシウム空気電池(注3)を独自の安全な電極触媒と紙をベースに作製し、環境負荷の高い重金属やプラスチックをほとんど使わず、塩水という身近な材料をトリガーにウェアラブルデバイスを駆動するのに十分な1.8 Vの電圧と100 mW/cm2以上の出力、968.2 Wh/kg(Mg)の容量を示す高性能な「金属空気紙電池」を実現しました。

本電池は塩水をトリガーとして発電します。この特徴を活かし、コロナウイルス感染に伴う血中酸素濃度の低下を監視するウェアラブルなSpO2測定器の電源として、また、溺れた際に要救助者の位置を特定するGPSセンサーを搭載したスマートライフジャケットの電源として利用できることを実証しました。

本電池は高性能でありながら、土壌や海水中に豊富に存在するマグネシウム、安全な触媒、紙、炭素など、環境に優しい素材で構成されているため、廃棄時の環境負荷が非常に低く安全であり、様々なウェアラブルデバイスや非常用電源などへの応用が期待されます。

本研究成果は、現地時間の3月18日に英国化学会による科学誌RSC Applied Interfacesのオンライン速報版に掲載され、同誌のoutside coverにも採択されました。


図1. 金属空気紙電池の模式図と性能(左)、及び様々なウェアラブルデバイスへの実装(右上)。右下は用いた正極触媒の作製方法。

詳細な説明

研究の背景

次世代のエネルギーデバイスは、高出力・高容量だけでなく、環境負荷が低いことも求められます。しかし一般的な電池では、環境負荷が高く資源量に制限のある様々な重金属、プラスチックが材料として多用されてきました。例えばリチウムイオン電池(LIB)はリチウムの資源制約があり、地政学的な影響を受けることが知られています。LIBよりも高容量な燃料電池においても、白金などの資源制約が課題となっています。そのため、環境負荷が小さく、高出力・高容量な電池の開発が求められています。

水素の代わりに亜鉛やマグネシウムなど、溶けやすい金属を負極とした金属空気電池は燃料電池の一種であり、LIBよりも3倍以上の重量エネルギー密度を持つ次世代電池として期待されています。金属空気電池をより低環境負荷で使いやすくするため、紙の表面に正極を形成し、反対側に亜鉛負極を配置することで、電解液をトリガーに発電する低環境負荷な「金属空気紙電池」はこれまでも報告されていました。しかし、有害なアルカリ性の電解液が必要であったり、塩水を使ったりした場合でも出力がµW/cm2レベルで実用的なデバイスを駆動するにはほど遠いのが現状でした。

金属空気紙電池の性能を左右する要因は以下の3つがあります。

  • ① 正極の酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)(注4)の効率化
  • ② 正極―負極間の電圧を高く取れる金属負極の使用
  • ③ 電池セルの抵抗の低減

これまで研究グループでは、青色顔料として知られる金属アザフタロシアニンを炭素に担持した高性能なORR触媒であるAZaphthalocyanine Unimolecular Layer (AZUL)触媒を開発し、一般的にORR触媒として用いられる白金や酸化マンガンなどの貴金属や重金属を用いずに高性能な金属空気電池の開発を報告してきました(参考文献1)。また、本触媒は変異原性を評価するAmes試験やヒメマス急性毒性試験などをクリアした安全な触媒であることが確認されています。

そこで研究グループは、AZUL触媒で①の課題を解決し、セルの構成により②・③の課題を克服できれば、高性能で低環境負荷、安全な金属空気紙電池が実現できるのではないかと考えました。

今回の取り組み

研究グループはまず、ろ紙などの紙に正極触媒をコートし、負極に高い電圧と環境への負荷が小さいマグネシウムを用いて集電体で挟むことで、金属空気紙電池を作製しました。

塩水を電解液として、セルの電流―電圧特性及び電流―出力性能を評価した結果、紙の密度が高い方が毛管力により塩水を吸い上げる能力が高い一方、電解液の保持量が少なく、抵抗が高いことから出力が低いことが分かりました。また紙の密度が低い方が塩水を吸い上げる時間がかかる一方、セル出力が高いことが分かりました。この結果、紙の密度を最適化することが金属空気紙電池の性能向上に重要であることが示されました。最適化したセルでは1.8 Vの開放電圧と103mW/cm2の出力、968.2 Wh/kg(Mg)の容量を達成しました(図2)。また、カーボンナノファイバー(CNF)を導電助剤として正極に混合することで、集電体を使わず、直接デバイスと接続できる金属空気紙電池も作製可能でした。

金属空気紙電池の社会実装を目指して、ウェアラブルSpO2計とGPSつきスマートライフジャケットへの応用について実証実験を行いました。

コロナウイルス感染に伴う血中酸素濃度の低下を監視するために、SpO2計が用いられています。急激な容態変化をモニタリングするために、ウェアラブルかつリモートで常時モニタリング可能なSpO2が求められていました。今回、AZUL Energy社において新規のウェアラブルSpO2計を設計・作製し、金属空気紙電池を電源として駆動可能か実証実験を行ったところ、生体内の酸素濃度をリモートでモニタリングすることに成功しました(図3)。

また、漁業や水場のレジャーなどで溺れた際に救助者の位置を特定するGPSセンサーを搭載したスマートライフジャケットへの需要が高まっています。本金属空気紙電池は、塩水をトリガーに発電することから、水没した際のセンサー兼電源として働きます。AMPHICOが開発した撥水性の高いライフジャケットに、AZUL Energy社において設計・作製したGPSセンサーを組み込み、金属空気紙電池を電源として塩水により電源部を濡らしたところ、GPSセンサーのシグナルからGoogle Earth上で位置を特定できることを実証しました(図4)。

今後の展開

本研究で実現した金属空気紙電池は、万が一環境に廃棄されてもそのほとんどが自然に還る材料であることから、環境に優しく安全で高性能な電池の設計指針を与えるという学術的な意義があります。また、身近な塩水などを使って発電できることから、緊急時の電源としても有用です。今後、実証したウェアラブルSpO2計やGPSを装備したスマートライフジャケットなどに限らず、社会が要請する様々なデバイスの電源として活用できるものと期待されます。

参考文献

  • H. Yabu*, K. Nakamura, Y. Matsuo, Y. Umejima, H. Matsuyama, J. Nakamura and K. Ito “Pyrolysis-free Oxygen Reduction Reaction (ORR) Electrocatalysts Composed of Unimolecular Layer Metal Azaphthalocyanines Adsorbed onto Carbon Materials” ACS Applied Energy Materials, 4(12), 14380-14389 (2021).

図2. 金属空気紙電池の出力特性(左)と放電特性(右)。


図3. 金属空気紙電池によるSpO2計の駆動と酸素飽和度・脈拍のリモートモニタリング。


図4. 金属空気紙電池によるスマートライフジャケットに装備したGPSセンサーの駆動とGPS情報のリモートセンシング。

謝辞

本研究の一部は日本学術振興会科学研究費基盤研究(A)(JP23H00301)・挑戦的研究(萌芽)(JP22K19077)、NEDO官民による若手研究者発掘支援事業(JPNP20004)・国際コファンド事業(JPNP14005)、及び科学技術振興機構未来社会創造事業(JPMJMI22I5)の支援を受けて行われました。

用語解説
注1. SpO2測定器
パルスオキシメーターとも呼ばれ、動脈における酸素飽和度(SpO2)を測定する医療機器。酸素に結合したヘモグロビンとしていないヘモグロビンでは色が異なることから、波長の異なる光を当ててセンサーが受け取るそれぞれの光の量を比較して飽和度を算出する。
注2. GPS
Global Positioning Systemの略で、米国防総省が開発した代表的な衛星測位システム(GNSS)。人工衛星を利用して現在位置を測定するシステムで、受信機が複数の衛星から電波を受信することで緯度・経度・高度を割り出すことができる。GNSSには他に日本の「みちびき」、EUのGalileo、ロシアのGLONASS、中国の「北斗」、インドのNAVICがある。
注3. マグネシウム空気電池
負極材料にリチウムより豊富なマグネシウムを用いた電池。水や食塩水を注ぐことで発電する。長期保存可能な使い切りの一次電池は実用化されており、非常用や災害用として販売されている。一方、繰り返し充放電できる二次電池は、次世代の蓄電池の1つとして注目されている。
注4. 酸素還元反応(Oxygen Reduction Reaction, ORR)
燃料電池や金属空気電池の正極における反応であり、空気中の酸素を還元することで電子を放出させる反応。これらのデバイスの性能を左右する反応であり、本反応を触媒するために燃料電池では高性能だが高価で資源制約のある白金炭素触媒が、市販の亜鉛空気電池などでは安価だが性能の低い酸化マンガンなどが使われる。

論文情報

タイトル: Rare-Metal-Free High-Performance Water-Activated Paper Battery: A Disposable Energy Source for Wearable Sensing Devices
著者: Kosuke Ishibashi, Shimpei Ono, Jun Kamei, Koju Ito, Hiroshi Yabu
*責任著者:東北大学 材料科学高等研究所 教授 藪 浩
掲載誌: RSC Applied Interfaces
DOI番号: 10.1039/d4lf00039k新しいタブで開きます

問い合わせ先

研究に関すること

東北大学材料科学高等研究所 (WPI-AIMR)
教授 藪 浩(やぶ ひろし)

Tel: 022-217-5996
E-mail: hiroshi.yabu.d5@tohoku.ac.jp

報道に関すること

東北大学材料科学高等研究所(WPI-AIMR) 広報戦略室

Tel: 022-217-6146
E-mail: aimr-outreach@grp.tohoku.ac.jp