国際交流
中国に新設されたナノテクノロジーの中核的研究拠点を訪問

2016年12月26日

AIMRの研究者が中国・南京のHerbert Gleiterナノ科学研究所を訪問し、情報や意見の交換を行った

Herbert Gleiterナノ科学研究所(HGI)と東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の研究者が、南京で共通の関心領域について話し合った。
Herbert Gleiterナノ科学研究所(HGI)と東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の研究者が、南京で共通の関心領域について話し合った。

Herbert Gleiter教授は常に「不完全さ」に興味を寄せていて、ほとんどの物理学者が結晶中の完璧に整列した原子ばかりに目を向けていた時代から、欠陥、転位、粒界、不純物の方に注目していた。やがて、原子の周期的配置からのずれが材料に興味深い特性を付与することに気付いたGleiter教授は、1980年代までに、さまざまな不規則配置の原子を含んだ多種多様なナノ結晶(ナノ構造)材料を発見した。この発見が、今日ナノテクノロジーと呼ばれる全く新しい領域を構成する何本かの柱の一つにおける実験的・理論的研究の基礎となった。

AIMRの国際アドバイザリーボードのメンバーであり、ドイツのカールスルーエ工科大学ナノテクノロジー研究所の上席研究員で創設者かつ初代ディレクターでもあるGleiter教授は、2012年10月に中国の南京理工大学に新設されたHerbert Gleiterナノ科学研究所(Herbert Gleiter Institute of Nanoscience:HGI)のディレクターに就任した。ナノ構造材料やデバイスの研究に重点を置くHGIは、ナノガラスとして知られる通常とは異なるタイプのガラス材料に強い関心を示している。

AIMRはこうしたHGIに興味を持ち、HGIの側でもAIMRに興味を持っていたことから、2016年7月18日に、AIMRの小谷元子機構長、塚田捷事務部門長、池田進副事務部門長、数名の研究者からなる代表チームが南京のHGIを訪問することとなった。

仙台から南京へ

中国東部に位置する南京は長江に臨む大都市である。ここで開催されたHGIとAIMRの交流ミーティングは、Gleiter教授によるHGIの紹介から始まった。HGIでは5名の主任研究者が、1)ナノ構造結晶と非結晶性材料、2)化学物理学と機能性ナノバイオシステム、3)ナノ構造金属ガラス、という3つのテーマの研究を進めている。HGIはホスト機関である南京理工大学から強力な支援を受けており、現在、6階建ての建物が建設中である。また、南京理工大学のほかに、カールスルーエ工科大学、ミュンスター大学(ドイツ)、瀋陽材料科学国家(連合)実験室、香港城市大学とも連携の輪を広げている。

次に、HGIの副ディレクターJing Tao Wang教授より、高分解能走査透過電子顕微鏡、走査トンネル顕微鏡、ヘリウムイオン顕微鏡、空間分解能50 nmのX線CTシステムなど、HGIが誇る最先端の施設や設備に関する詳細な説明があった。

続いて小谷機構長から、AIMRでの研究活動、ホスト機関である東北大学の沿革、日本の世界トップレベル研究拠点(WPI)プログラムの目的に関する概要説明が行われた。小谷機構長は、AIMRでの数学者と材料科学者の連携を強調するとともに、日本におけるデータ駆動型材料科学の最近の動向を紹介し、日本政府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)などを通じた取り組みにおいてAIMRが果たす役割についても説明した。

AIMRの伊藤良一准教授は、水素社会を支えることができると期待される材料である高結晶性三次元ナノ多孔質グラフェンを作製した。
AIMRの伊藤良一准教授は、水素社会を支えることができると期待される材料である高結晶性三次元ナノ多孔質グラフェンを作製した。

ナノガラスと3Dグラフェン

南京での交流ミーティングは、HGIとAIMRの研究者が最新の科学的知見を共有する機会となった。HGIの常任研究員Tao Feng教授は、1989年にGleiter教授とドイツの研究チームが初めて作製したナノガラスについて解説した。

花崗岩や石英などの結晶性材料は、その扱いやすさから古来、広く利用されてきた。現代の研究者たちは、結晶性材料の原子構造を微調整することで、その物理的特性を制御している。これに対して、原子構造に規則性がないガラス材料は、はるかに扱いが難しい。ガラスの化学的構造や物理的構造の制御を可能にする方法の一つとして期待されているのが、不規則な原子クラスターからなる明確なナノ構造を持つナノガラスだ。ガラス状ナノ構造領域どうしが接するところはぴったりとは合わず、そこに界面が形成されて、材料の特性に影響を及ぼす。Feng教授は、ナノガラス材料の作製方法と、その熱的・磁気的・機械的特性の興味深さについて説明した。

ガラス材料は、AIMRでも関心の高い領域の一つであり、数学者と材料科学者が連携する大きなきっかけとなっている。つい最近も、トポロジーという数学的概念を借りて、ガラスの原子配置の中に隠れた構造があることが明らかになった。

AIMRの伊藤良一准教授は、特異な性質を示す高結晶性3次元(3D)ナノ多孔質グラフェンという材料に関する3年間の研究開発の成果を総括した。3Dグラフェンが持つ電子は、質量のない2Dディラックフェルミ粒子のように振る舞う。このような2D的挙動は、3Dグラフェン構造体では実現不可能と考えられていた。伊藤准教授は現在、燃料電池の水素発生反応を促進するため、3Dナノ多孔質グラフェンの触媒性能の向上に取り組んでいる。この材料は、水素社会の実現を目指す中で、白金などの貴金属触媒の有望な代替材料となるかもしれない。

AIMRの藪浩准教授は、自己組織化のプロセスを利用してポリマーナノ構造体を作製した。
AIMRの藪浩准教授は、自己組織化のプロセスを利用してポリマーナノ構造体を作製した。

自己組織化

話題は新しい材料から新しい材料作製方法に移った。HGIの常任研究員Qingmin Ji教授とAIMRの藪浩准教授は、材料の表面で自発的に構造体が形成されて優れた機能を付与するプロセスに関する研究成果を発表した。

Ji教授は日本の筑波大学、産業技術総合研究所(AIST)、物質・材料研究機構(NIMS)で数年間勤務した後、最近中国のHGIに移った。Ji教授の研究テーマは、金属表面での有機分子の自己組織化と、メソポーラスシリカカプセルの自発的形成である。前者の有機分子の自己組織化は分子マシンの設計に役立ち、後者のシリカカプセルは、体内にゆっくり薬物を送達する徐放剤への利用が期待されている。

藪准教授は、自己組織化を利用してさまざまなポリマーナノ構造体を作製していて、なかには自然界に着想を得たものもある。交流ミーティングで紹介したのは、2種類のモノマーブロック(モノマーが糸状につながったもの)を共重合させてできたジブロック共重合体の研究だった。近づいたモノマーブロックの間に引力や反発力が働くことによって、さまざまな相分離構造体が現れる。藪准教授は、最近、AIMRの数学者との共同研究において、カーン=ヒリアード方程式という数式を用いてこの構造を予測できることを発見した。

HGIの常任研究員Zesheng You准教授は、これとは別のアプローチでナノスケールに挑んでいる。You准教授の専門は、ナノ構造材料の破壊特性という機械的特性だ。通常の材料では、破壊の仕方は形状とサイズに大きく依存し、評価が難しい。You准教授は、ナノ材料の破壊特性を評価する新しい方法を開発していて、多結晶材料の破壊特性が個々の結晶子のサイズに依存していることなど、興味深い観察結果を得ている。

南京での交流ミーティングは、共通の関心領域で協力していくことで合意し、最後は最先端の研究室や施設の見学によって締めくくられた。AIMRとHGIは、今後も協力体制を維持して、互いに切磋琢磨しながら友好関係を継続していくことが期待される。