座談会インタビュー
数学者と実験科学者、そしてその橋渡し役

2016年10月31日

全く異なる背景と視点を持つAIMRの三人の研究者が協働し、新しい数学的手法を駆使してアモルファス固体中に潜む構造を発見した

数学者の平岡裕章教授は、恩師の影響で、数学を材料科学に応用することや、その過程で新しい数学を作り上げることに興味を持つようになったという。
数学者の平岡裕章教授は、恩師の影響で、数学を材料科学に応用することや、その過程で新しい数学を作り上げることに興味を持つようになったという。

異なる分野の研究者が集まって、それぞれの専門分野の境界領域を開拓するとき、すばらしい発見が生まれる。東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)は近年、数学と材料科学の境界領域で、このアプローチを積極的に進めている。

2010年、AIMRで開かれていたセミナーで、数学者、材料科学者(実験科学者)、物理学者の三人が議論を交わした。この議論は6年後に、数学の新領域であるパーシステントホモロジーを用いた革新的な発見として実を結んだ。三人は、ほぼランダムな構造をとる材料において、従来の方法では発見できなかった原子秩序を記述できるようにしたのだ。

野心的な数学者

大阪大学で電気工学を学び、現在はAIMRで数学と材料科学の境界領域の探索に情熱を注いでいる平岡裕章教授の経歴は、数学者としてはユニークである。本来、多くの数学者は完結した数学の世界で抽象的思考を展開する。つまり、数学そのものを研究対象としている。けれども平岡教授は、数学の中で完結する抽象的思考活動だけでなく、数学によって「何か」を解明していく活動も数学のキャリアであるということを、修士時代の指導教官だった児玉裕治氏(現在はオハイオ州立大学教授)から学んだという。「児玉先生は純粋な数学者で、高度な数学に取り組んでおられますが、光通信の分野でもたいへん有名です」と平岡教授は言う。「児玉先生に出会ったことで、自分もこんな研究者になりたいと思ったのです」。

平岡教授の関心は、数学を実際の系に応用することだけでなく、逆に、応用した結果を利用して新しい数学を作ることにも向けられている。夢は、独自の数学を作り上げることだ。

平岡教授がパーシステントホモロジーに夢中なのは、そのためだ。パーシステントホモロジーは21世紀初頭に登場した新しい分野で、大きなデータセットに埋もれたパターンを発見できる強力な数学的枠組みである。近年は飛躍的な成長を遂げ、神経科学、言語学、素粒子理論、人工知能など、さまざまな分野で応用されている。平岡教授は、パーシステントホモロジーの研究が楽しくて仕方ないという。

パーシステントホモロジーの威力と汎用性は、自然現象によく見られるマルチスケールの組織化を数学的に表現できることにある。平岡教授は以前、生体タンパク質の構造を探る研究における「タンパク質の構造と圧縮率との関連付け」などにパーシステントホモロジーを役立てていた。

現在、平岡教授はAIMRで、パーシステントホモロジーの材料科学への応用を手掛けるグループを率いている。「パーシステントホモロジーを本格的に材料に適用している、世界で唯一のグループです」と平岡教授は言う。

そんな現在に至るまでの、そもそもの始まりは、前述した2010年のAIMR訪問だった。平岡教授は、ちょうどパーシステントホモロジーに関する本を書き上げたときに、セミナーの講演者としてAIMRに招かれた。今の共同研究者である平田秋彦准教授と中村壮伸助教には、このときに初めて会ったのである。

実験科学者の平田秋彦准教授(左)は、強力な解析技術を駆使してアモルファス材料を探っている。数学の用語と概念を物理学の用語と概念に変換し、その逆もしてくれる物理学者の中村壮伸助教(右)は、平田准教授にとってなくてはならない存在だ。
実験科学者の平田秋彦准教授(左)は、強力な解析技術を駆使してアモルファス材料を探っている。数学の用語と概念を物理学の用語と概念に変換し、その逆もしてくれる物理学者の中村壮伸助教(右)は、平田准教授にとってなくてはならない存在だ。

実験科学者と橋渡し役

材料科学者である平田秋彦准教授は、三人の中で実験科学者の役割を担っている。関心領域は、電子線回折法や透過電子顕微鏡法などの解析技術を用いて、バルク金属ガラスやその他のガラスなど、「アモルファス材料」の原子構造を探ることだ。結晶材料とは違い、ガラスは原子や分子が周期的に並んでいるわけではないので、その実験的解析は一筋縄ではいかない。乱れた構造を解析して得られる回折パターンはぼやけているし、顕微鏡写真は複雑で、そこから意味のある構造情報を探り出すのは極めて困難だ。平田准教授がデータの意味を理解するためには、パーシステントホモロジーに精通した数学者に相談する必要があった。平岡教授のAIMR訪問は、その絶好の機会になった。

平田准教授は、以前にも数学者と共同研究を行ったことがあった。当時AIMRの助教であった数学者の松江要特任助教とともに、自ら開発に携わったオングストロームビーム電子線回折法(原子数個分の細さまで絞った電子線を用いて回折パターンを得る手法)を用いて、金属ガラスの構造を調べたのだ。研究チームは、金属ガラス中に二十面体のような対称性を備えた秩序が存在することを初めて実験的に証明することができた。2013年にScienceに発表したこの研究について、平田准教授は「新鮮で素晴らしい経験でした」と振り返る1。「数学者の解析技術から大いに刺激を受けました」。

数学者と材料科学者(実験科学者)の橋渡し役を担っているのが物理学者の中村壮伸助教だ。数学者が使う用語と材料科学者が使う用語の両方を理解している彼にとって、二つの世界を繋ぐことは、さほど難しいことではない。中村助教のこのスキルは、統計物理や非平衡・非線形物理などの数学をよく使うテーマの研究を通して磨かれたものだ。

そのようなスキルがあっても、新プロジェクトに取り組むための準備には、ある程度の時間がかかるという。「用語の変換表を作って、両分野の用語を学ぶことから始めます。この作業が終わって初めて、実質的な会話ができるようになるのです」。

共通の「言葉」を見つけながら

パーシステントホモロジーを用いてアモルファス固体の構造を記述できるかもしれないと考えた三人は、共通の基盤づくりから始めた。ここで、中村助教の経験が非常に役に立つことがわかった。「本格的に研究を始める前に、数か月かけて、共通の用語と基準になる枠組みを定めました」と平岡教授は言う。「私たち三人の『スイートスポット』を見つけたかったのです」。

協力が実り、三人はついに、パーシステントホモロジーに基づく特殊な図(パーシステント図)を用いることで、アモルファス固体の構造を視覚化できることを発見した。パーシステント図中の曲線は、局所構造の存在を示している。研究者たちは純粋なガラスでこれを実証し、さまざまなリング状原子配置が含まれていることを明らかにした(関連のハイライト参照)。平岡教授は、「初めてこの曲線を発見したとき、自分たちが探し求めていたのはこれだったのだとわかりました」と言う。そうした構造がガラス中で観察されたのは初めてだった。研究成果は、2016年6月に、Proceedings of the National Academy of Sciences USA2で発表された。「どの二人の組み合わせでも、今回の結果は得られなかったでしょう」と平岡教授は言う。「三人全員が必要だったのです」。

ここで重要なのは、今回のアプローチによって「パーシステントホモロジーにはアモルファス固体の乱雑さに隠れた構造を明らかにする力がある」という事実を実証できたことである。研究者らは、今回のアプローチをほかのアモルファス材料に適用して、新しい数学を生み出そうとしている。「私たちはまずはシリカに注目しましたが、今回開発した手法は多種多様のガラス構造に適用できるのです」と中村助教。

パーシステントホモロジーのアモルファス材料への応用について議論する三人。
パーシステントホモロジーのアモルファス材料への応用について議論する三人。

共同研究が生まれる環境

今回の発見には、AIMRが作り上げてきた独自の環境も寄与している。ターゲットプロジェクトや融合研究を奨励し、Target Project-Interface Unit Joint Forumをはじめとするワークショップやセミナーを通じて数学者と材料科学者が交流する機会を多く提供することで、共同研究を行いやすい環境が整えられてきた。数学と材料科学の境界領域を探索するという文化は、AIMRの本質を表している。

こうした文化がもたらした最近の成功例として、磯部寛之教授のチームによるベルト状「ナノフープ」の合成と研究がある3。その他のさまざまな共同研究からも、確率論的モデルを用いた堆積薄膜の化学量論的制御、K理論に基づくトポロジカル絶縁体のバルク-エッジ対応の定式化、粒界に見られる周期構造の数学的モデリング、カーン=ヒリヤード方程式を用いたブロック共重合体の相分離形態の予測といった成果が生まれている。

平岡教授は、AIMRの環境には本当に感謝していると言う。「なんといっても、小谷機構長が研究室の設置を許可してくださったことが嬉しかったです。これは、数学コミュニティではかなり珍しいことなのです。数学の研究は単独で行うのがふつうですが、場合によっては、チームを作って研究分野を一斉に開拓することが効率的な時期もあります。パーシステントホモロジーは、今まさにそのような時期だと思います」。

数学者、材料科学者(実験科学者)、物理学者による、異なる分野の境界領域の開拓。これからもAIMRの研究者たちは分野の壁を越えて、新たな成果を作り出していくにちがいない。

References

  • Hirata, A., Kang, L. J., Fujita, T., Klumov, B., Matsue, K., Kotani, M., Yavari, A. R. & Chen, M. W. Geometric frustration of icosahedron in metallic glasses. Science 341, 376–379 (2013). | article
  • Hiraoka, Y., Nakamura, T., Hirata, A., Escolar, E. G., Matsue, K. & Nishiura, Y. Hierarchical structures of amorphous solids characterized by persistent homology. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 113, 7035–7040 (2016). | article
  • Sun, Z., Suenaga, T., Sarkar, P., Sato, S., Kotani, M. & Isobe, H. Stereoisomerism, crystal structures, and dynamics of belt-shaped cyclonaphthylenes. Proceedings of the National Academy of Sciences USA 113, 8109–8114 (2016). | article