国際シンポジウム
ヨーロッパにおける更なるブランド力向上に向けて

2016年08月29日

四つのWPI拠点が合同でヨーロッパ材料科学会(E-MRS)の2016年春季総会に参加し、参加者それぞれが有意義な時を過ごした。

WPIブースで開催されたレセプションでは、来場した研究者たちが日本の食べ物や飲み物を手に、WPI研究者と親交を深めていた。
WPIブースで開催されたレセプションでは、来場した研究者たちが日本の食べ物や飲み物を手に、WPI研究者と親交を深めていた。

5月2日~6日、原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の研究者らは、フランスのリールで開催されたヨーロッパ材料科学会(E-MRS)の2016年春季総会に他のWPI拠点とともに合同参加し、持続可能な未来をひらく革新的な研究成果を発表した。世界の産官学のリーダーたちは、高効率太陽光発電、高容量水素貯蔵、全エネルギー変換サイクルの進歩などの発表に熱心に聞き入っていた。

今回、世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)からは材料科学に関係のある4拠点(AIMR、MANA、iCeMS、I2CNER)が参加した。総勢30名からなるチームには、黒木登志夫WPIプログラムディレクターと小谷元子AIMR機構長も名を連ねた。「E-MRS春季総会には2014年にも4拠点合同で参加し、WPI拠点を知っていただくのに効果的であるという手応えを得ました。そこで、ヨーロッパにおけるWPIブランドをさらに広めるため、今年も合同参加を決めたのです」と小谷機構長。

WPIプログラムは、国際的な頭脳循環のハブとなる「世界から見える研究拠点」を日本に形成する取り組みとして、2007年に始まった。その目的を実現するには、国際会議などを通じて画期的な取り組みを発信する必要があるが、複数の拠点が協働することでより高い効果が期待できる。4拠点がE-MRSの春季総会に合同参加するのは今回が2度目だが、国際会議への合同参加は日仏ナノマテリアルワークショップを含めると4度目となる。

WPIブースとシンポジウム

WPIチームの出展は、展示ホールでのアウトリーチ活動、WPI One-dayシンポジウム、他のシンポジウムでのWPI研究者による発表という三つの形で行われた。

5月3日〜5日に設置されたWPIブースでは、2014年と同様に和風の装飾を施したブースセットを置いてヨーロッパの研究者の目を引きつつ、WPIプログラムと4拠点に関するポスター展示とパンフレット配布を行った。まず初日の5月3日夕方は、E-MRS会長Luisa Torsi氏、副会長のGilles Dennler氏とGeorge Kiriakidis氏、前会長のThomas Lippert氏を迎えて1時間のワークショップを開催した。続くレセプションにはE-MRSの実行委員を筆頭に多くのヨーロッパの研究者が参加し、日本の食べ物と飲み物を手に、WPI拠点のメンバーとの会話を楽しんだ。カジュアルな雰囲気のなか行われたレセプションは、翌日のWPI One-dayシンポジウムの開催を告知するよい機会となっただけでなく、ヨーロッパでのWPIの認知度向上にも役立った。

5月4日には、塚田捷AIMR事務部門長と中山知信MANA事務部門長がWPI One-dayシンポジウムを企画・開催し、座長を務めた。テーマは、機能性ナノ材料の組織化と、エレクトロニクス、エネルギー、生物学への応用の可能性である。初めに、WPIプログラムと各WPI拠点の概要が説明された。これを受け、黒木WPIプログラムディレクターがWPIプログラムの目的、成果、将来の展望について述べ、小谷AIMR機構長、北川進iCeMS拠点長、Petros Sofronis I2CNER所長、中山MANA事務部門長が、各拠点の紹介を行った。

鍵を握る水素材料

続いて行われたセッションでは、WPI研究者による9件の講演と、WPI拠点以外の講演者による招待講演と一般講演が行われた。塚田AIMR事務部門長が座長を務めた午前の部では、2名のAIMR主任研究者とAIMRが招待したヨーロッパの研究機関の2名の教授が、水素材料と太陽電池に関する最近の研究について講演を行った。これら4つの講演について以下に簡単に紹介しよう。

全エネルギー変換サイクルの実現プランに関する質問に答えるスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のAndreas Züttel教授。
全エネルギー変換サイクルの実現プランに関する質問に答えるスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のAndreas Züttel教授。

スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)の物理化学者で、再生可能エネルギー研究室の代表であるAndreas Züttel教授は、再生可能エネルギーの電力で製造した水素と大気中の二酸化炭素から炭化水素(オクタンなど)を合成するプロセスについて講演した。このリサイクルプロセスが実現すれば、環境保護とエネルギー供給の両方の問題を解決できる。「大型電解槽の実現、水素貯蔵、二酸化炭素吸収など、乗り越えなければならないハードルはいくつもあります」とZüttel教授は言う。「さらに、特定の生成物を得るためには、水素と二酸化炭素を十分制御して反応させる必要があります。しかし、このプロセスが完成すれば、環境に有害な物質を排出しない全エネルギー変換サイクルが実現するのです」。

Züttel教授は、長年にわたってAIMR主任研究者の折茂慎一教授と共同研究を行ってきた。二人は、最高容量の水素貯蔵材料を実験的に実証したことで知られる。折茂教授は、水素貯蔵容器の小型化を可能にすると期待されている水素化物材料に関する最近の研究例として、双五角錐状のCrH7アニオンを用いた、水素を高密度に含む新しい水素化物や、籠状の大ユニットを持つBnHn型水素化物における高速イオン伝導や、錯体水素化物電解質を用いたリチウム-硫黄電池などの新しい全固体二次電池について報告した。

高効率太陽電池に向けて

WPI One-dayシンポジウムで講演するフランス国立応用科学院リヨン校のAlain Fave准教授。
WPI One-dayシンポジウムで講演するフランス国立応用科学院リヨン校のAlain Fave准教授。

AIMR主任研究者の寒川誠二教授は、太陽光からエネルギーへの変換効率の高いシリコン量子ドット太陽電池の作製について講演した。寒川教授のチームは、バイオテンプレートをエッチング用マスクとし、低エネルギー中性粒子ビームを用いて、10ナノメートル未満の無欠陥の量子ドットを作製することに成功している。寒川教授にとって、今回の会議への参加は非常に有意義なものとなった。フランス国立応用科学院リヨン校のリヨン・ナノテクノロジー研究所で光起電力技術の研究をしている共同研究者のAlain Fave准教授と、シリコン太陽電池実験の最近の進展について情報交換することができたからだ。「E-MRS会議への参加は、ヨーロッパの友人と会って将来の共同研究を検討するよい機会になりました」と寒川教授は言う。

Fave准教授は、効率よく光を捉える超薄膜結晶シリコン太陽電池の設計、作製、特性評価について講演した。シリコン太陽電池技術のコストは、主として、ワットピークあたりのシリコンの使用量によって決まる。しかし、結晶シリコン層を薄くすると、吸収できる光の量が減少する。そのため、光のロスを抑える技術の開発が、この分野の重要な研究領域になっている。リヨン・ナノテクノロジー研究所は最近、ナノエレクトロニクス研究機関IMECが率いるヨーロッパのプロジェクトにおいて、レーザー・ホログラフィック・リソグラフィー、反応性イオンエッチング、誘導結合型プラズマエッチング、化学エッチングを組み合わせて、シリコン層の表面にフォトニック結晶とピラミッド型ナノ構造を形成することに成功した。「この研究は、将来世代のフォトニック結晶型太陽電池の開発に向けての第一歩です」とFave准教授は言う。「いずれ高効率太陽電池の実現につながると期待しています」。

他のシンポジウムでの発表

WPIが主催したOne-dayシンポジウムはとても充実したものとなったが、AIMRの研究者は、E-MRSで開催された他のシンポジウムでも口頭発表とポスター発表を行っている。ロンドン大学ユニバーシティカレッジの物理・天文学部およびロンドン・ナノテクノロジーセンターの教授でAIMR主任研究者でもあるAlexander Shluger教授は、酸化物中の過剰電子がフレンケル欠陥(原子が格子点からずれて格子間に移動した欠陥)の形成に及ぼす影響の理論研究について講演した。Shluger教授は計算により、電極から注入された過剰電子がアモルファス二酸化シリコン(SiO2)や二酸化ハフニウム(HfO2)中で深い状態に捕獲され、ポーラロンやバイポーラロンとして知られる準粒子を形成することを示した。これらの材料中でバイポーラロンが形成されると、フレンケル欠陥の形成が促進される。これに関連して、AIMRのShluger教授のグループのMoloud Kaviani助手が、ポスターセッションでアモルファスHfO2に固有の電子捕獲に関する理論研究について発表した。こうした研究は、電子デバイスにおける絶縁破壊機構や、SiO2やHfO2を用いた抵抗変化型メモリーセルにおける導電性フィラメント形成を理解する上で重要である。

また、AIMRの主任研究者Ali Khademhosseini教授が率いるグループのSahar Salehi助手とMajid Ebrahimi助手は、生体材料のセッションで、筋肉組織の再生に関する研究の発表を行った。さらに、寒川教授のグループの肥後昭男助教は、ナノスケールドライエッチングと有機金属気相エピタキシー法による再成長を利用して作製したガリウム砒素量子ナノディスクLEDの室温動作について発表した。肥後助教は、「今回のE-MRS会議への合同参加は本当によい経験になりました。他の会議では経験したことのない貴重な交流ができました」と振り返る。

こうして、3日間にわたるE-MRS2016年春季総会は盛会の裡に終了した。充実したWPIシンポジウムの開催、そして他のシンポジウムでも示されたAIMRの研究者の存在感----。AIMRにとって、このイベントは世界の視線を集めるための大きなステージになったといえよう。