山本前機構長×小谷機構長対談
AIMR—10年の軌跡

2016年06月27日

今年度、東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)は設立から10年を迎える。山本前機構長と小谷機構長がこれまでの歩みを振り返ると共に、次なるステージへの展開について語った。

新たな試みを続けてきたAIMRについて語る、前機構長の山本嘉則名誉教授(左)と現機構長の小谷元子教授(右)。
新たな試みを続けてきたAIMRについて語る、前機構長の山本嘉則名誉教授(左)と現機構長の小谷元子教授(右)。

山本前機構長:AIMRは設立から10年目を迎えましたね。「何か新しいことをやるには、このくらいの時間がかかるのだな」と実感しています。10年でひと区切り。よい形に育ってきたなと。

小谷機構長:2月に開催されたAMIS2016(The AIMR International Symposium 2016)では、多くの参加者から「シャープになってきた」といった感想をいただきました。「AIMRのアイデンティティは何か」と考え続けた結果、フォーカスする方向も定まって、研究内容もはっきりしてきたように思います。やはり、形になるまでには10年かかるということですね。

AIMRのアイデンティティ確立を目指した日々

山本前機構長:AIMR開始当初のメインは「非平衡材料」でした。東北大学の強みである金属ガラスなどですね。それを物理、化学の融合で進めていった。でも「もっと斬新な切り口がほしい」と、何ができるかをいろいろと考えました。材料の結晶構造を見ると正四面体だったりしますよね。そういう「形」を眺めながら「幾何学と関係があるのではないかな」と思っていたのですが、そんな時に小谷先生が書かれた論文を読んだのですね。「数学者が材料のことを語っている」と驚いた記憶があります。それで、直感的に「小谷先生にお願いしてみよう」と決めたのです。しかし、最初に小谷先生にお声がけした時は、とても躊躇されていましたね。

小谷機構長:はい、当初はかなり躊躇しました。「材料科学の第一線の研究者が集まっているAIMRに材料科学の専門家ではない数学者の私が長として就任して何ができるか」と悩みました。しかし、研究者の皆さんのお話を聞いて、それを生かすために方向を指し示すお手伝いをするのが機構長だと考えれば、私にも何かできるかもしれないと思いました。

山本前機構長:最初に小谷先生にお声がけした時は「材料科学は幅広い。物理、化学から理工学まで、様々な研究者がいる」ということと、「数学を使ってそれを統合して新しい材料科学を作りたいのだ」ということを話した記憶があります。それにご賛同いただいて、2012年に機構長に就任していただきました。

小谷機構長は、数学が新しい材料科学を創出するための強力なツールになると考えている。
小谷機構長は、数学が新しい材料科学を創出するための強力なツールになると考えている。

小谷機構長:私の専門分野は離散解析幾何学という分野なのですが、これは「離散的なものから連続的なものへ、どのようにつながっているのか」を考えていく数学の一分野です。AIMRは、原子や分子という離散的なものが、物性という連続的でマクロな現象をどのように制御するかを研究している研究所なので、大変なやり甲斐を感じました。WPIプログラムは「卓越した研究所を作るプロジェクト」なので、世界のどこにもない、際立った独自性を持つ研究所を目指しています。独自性を持つには新しいことへの「挑戦」がとても大切。山本先生は「新しい材料科学を作る」というとても高い目標を掲げられて、産みの苦しみといいますか、コンセプトを明確にしていくまで、大変な作業だったであろうとお察しします。コンセプトが固まるまで5年。それを形にしていくまで5年かかりました。10年もの時間をかけることを許してくれるWPIプログラムがあったからこそ、今があるのだとも思いますね。

山本前機構長:小谷先生が機構長に就任されてから、三つのターゲットプロジェクトが策定されましたね。あれは、材料科学と数学が連携するための具体的な指針として、とても重要だったと思います。

小谷機構長:はい、山本先生がおっしゃったように、東北大学の材料科学は非平衡材料の研究が強いので、非平衡材料を数学でコントロールする研究を一つめのターゲットにしました。それから、東北大学はスピン関連の研究も強いので、トポロジーという数学を使ってスピンなどを研究するトポロジカル材料を二つめのターゲットに。三つめのターゲットは、原子、分子のクラスタのネットワークを作って階層構造を理解するために、私の専門分野でもある離散解析幾何学を使うというプロジェクトです。この三つのプロジェクトを中心に後半5年間の活動を進めていったのです。

物質科学は物質への興味から物質の性質を調べる学問ですが、材料科学は「こんな性質・機能を持つ材料がほしい」と、目指す機能を持つ物質を探す学問ですね。これを数学的な言い方で言うならば、物質科学は「順問題」、材料科学は「逆問題」ということになります。AIMRで材料科学と数学を融合させるということは、「順問題として蓄えた知識をどのようにして逆問題に転換させていくか」というテーマを加速、効率化させていくこと。そこに数学が加わる最大の理由があると思っています。

新たな科学を切り開く研究者に活躍の場を与えるために

山本前機構長:10年前に文部科学省からWPIプログラムの計画が発表された時、実に素晴らしいと思いました。日本は極東の地にあるという地理上の問題もあって、欧米各国と比べて研究者間の国際交流が少ない。「世界から見える研究拠点」を作り、欧米も含めた世界的な「頭脳循環」を実現したいと思いWPIプログラムに応募したのです。WPI拠点であるAIMRを設立して、結果的には東北大学の学内においても、学外においても、いろいろと良い影響があったと思います。学内においては、理学研究科、工学研究科、金属材料研究所、多元物質研究所、電気通信研究所など部局を超えた交流が加速しました。特に若手研究者は分野の壁を越えて議論を交わすようになった。これは大きいですね。学外では、「数理科学を基礎とする材料科学」という考え方がだんだん浸透してきて、今や、文部科学省もそのことを大々的に言うようになってきている。これは小谷先生の貢献大で、先生のご活動がとてもインフルエンシャルだったのだと思っています。

小谷機構長:「若手研究者が自分の研究室から出て、他の分野の研究者と積極的に話す」という文化が出来つつあって、それが自分の研究にとってプラスだと理解されていることは、AIMRの成果としてとても大きいと思います。ここには世界中の研究者が訪れますが、「今まで描いていた大学のイメージと全然違う。別世界みたいだ」と言います。自分の研究環境もAIMRと同様に変えていこうという動機を与えてきました。私たちはこのAIMRを「出島」にしてはいけないと思っているのです。大学全体を変える起爆剤としたい。総長や理事とも何度も話し、AIMRの経験が大学全体に広まるように努力してきました。その結果として、昨年、東北大学に「高等研究機構」という組織が作られました。大学が独自に「WPI型研究所」を作りたいと考え始めたことはとても大きな成果ですね。

山本前機構長:異分野交流はとても進みましたね。しかし、「世界から見える研究拠点」を作るのは、すぐには実現できるものではありませんでした。10年かけてAIMRはずいぶんビジブルになってきましたが。

AIMRジョイントリサーチセンター(AJC)のコンセプトについて語る、山本前機構長。
AIMRジョイントリサーチセンター(AJC)のコンセプトについて語る、山本前機構長。

小谷機構長:「世界から見える拠点」づくりという意味では、「ジョイントラボを作る」というアイデアを山本先生からいただき、実際にケンブリッジ大学、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、中国科学院化学研究所に設立の下地を敷いてくださいました。現在、これらのAIMRジョイントリサーチセンター(AJC)がとてもうまく機能して、AIMRの海外におけるビジビリティを上げています。山本先生の国際感覚、まさに炯眼だったと感じています。山本先生はどのようにしてジョイントラボ構想という考え方を持たれて、どのようにして交渉されたのですか。一度、聞いてみたかったのです。

山本前機構長:世界にネットワークを作りたいと思ったのです。そのために、私自身の経験から「魅力的な研究機関」を選択しようと思いました。東北大学は材料科学において世界をリードしていますが、同様に材料科学の世界拠点であり、また東北大学との交流の歴史がある、カリフォルニア大学サンタバーバラ校、ケンブリッジ大学、そして、中国の拠点として中国科学院化学研究所をコアパートナーとし、より深い関係を築きたいと考えました。実際、その三つの研究拠点ができてみると、たしかにAIMRのビジビリティは上がっていったと実感しています。

小谷機構長:なるほど。最初はそのようなコンセプトがあったのですか。その山本先生のアイデアが見事に実って現在に至っていますね。日本発の研究の質の高さは世界で認められています。独創的なアイデアもあります。それが必ずしも論文引用数や世界大学ランキングに直結しないのは、国内での共同研究が多かったからではないかと思うのです。日本では国内に卓越した研究者が多数いるので、国内の共同研究だけで良い成果が出せるのですね。しかし、更に発展するためには常に新しい視点を取り入れる必要がある。そこに、国際的な共同研究を進める意味があります。「海外と日本の架け橋」になるのは、やはり若手研究者。AJCではそういった若手研究者を海外とAIMRで共同雇用できることが大きな特徴となっています。たとえば、ケンブリッジ大学のAJCに在籍する若手研究者はAIMRとケンブリッジ大学で共同雇用されています。両機関に所属しているので、仙台とケンブリッジを自由に行き来して研究を進められます。制度の壁を越えて実現した共同雇用も、元々は山本先生のジョイントラボ構想から始まったわけですね。最近、ケンブリッジ大学AJCの長であるAlan Lindsay Greer教授から「ケンブリッジ大学も研究費を出してAJCで行う研究活動をぜひ拡張したい」という連絡をいただきました。

山本前機構長:それはすごい。歴史あるケンブリッジ大学が我々の考え方に惹かれて共同研究拠点を拡張しようと考え始めたことは画期的。AIMRがケンブリッジ大学を動かしたということですね。様々な成果が着々と実現していることを考えると、やはり、このAIMRという研究所のスタイルをずっと続けていくべきだと思います。従来の大型研究プログラムは期間が終了すると収束していってしまうものでした。しかし、WPIプログラムは「研究所を作るプログラム」なので、作った研究所を維持していく必要がありますね。

小谷機構長:WPIプログラムは開所当初から期間終了後にホスト機関の研究所として維持することが前提となっていました。東北大学の里見総長もその約束を実行してくださいました。AIMRは10年間のスタートダッシュの時期を経て、これからは今までとは違うフェーズ、これまでの成果を広めていく時期に入るのだと考えています。「異分野の研究者と話し独自の視点を持つメリットを知った若手研究者がAIMRから巣立って、世界に飛び出していくこと、世界に活動の幅を広げていくこと」に大きな期待を感じています。彼らが世界の科学界をリードする10年後には、現在とは全然違う次元の研究が現れているのではないかと思うからです。新たな科学を切り開く挑戦をする研究者に、その場を与えること。これからもAIMRの最大の存在価値はそこにあるのだろうと思っています。