スピントロニクス: 磁性半導体の仕組みが明らかに

2016年11月28日

紫外光を用いて高品質結晶を調べることで、磁性半導体の強磁性の仕組みが明らかになり、スピン偏極電子を利用した低エネルギー記憶素子が実現する可能性が出てきた

強力な光源を用いることで、磁性ドーパント原子(緑色の球)が半導体デバイス中のスピン流を制御する仕組みが確認された。
強力な光源を用いることで、磁性ドーパント原子(緑色の球)が半導体デバイス中のスピン流を制御する仕組みが確認された。

© 2016 Seigo Souma

スピントロニクス材料として有望視されている磁性半導体(Ga,Mn)Asのホールキャリアに関する20年来の謎が解明された1。ポイントは、試料の表面を、作製したときのままの状態に保って、本来の電子状態を観察することにある。研究チームは今回、作製した試料を特殊な「真空スーツケース」に入れて移送するなどの工夫によって、極めて清浄な表面を実現した。

ガリウムヒ素(GaAs)半導体の構造内に磁性不純物であるマンガン(Mn)原子を注入すると、興味深い特性を示すようになる。Mnドーパントの注入により、半導体に永久磁気モーメントとホールキャリア(電子の不足領域)が加わり、電子スピンが上向きまたは下向きに揃うからだ。

研究者たちは、このような特徴を持つ(Ga,Mn)Asを、スピントランジスターや磁気メモリーなど、非常に少ないエネルギーでの情報処理を可能にする新しいデバイスのプラットフォーム材料として利用してきた。しかし、ランダムに分布したMnドーパントの影響を標準的な量子理論で予測するのは難しいため、(Ga,Mn)Asのキャリア誘起磁性のメカニズムの理解は困難だった。

東北大学原子分子材料科学高等研究機構(AIMR)の相馬清吾准教授らは、キャリア誘起磁性のメカニズムをめぐる論争に決着をつけるため、角度分解光電子分光法(ARPES)という手法を用いて(Ga,Mn)Asの電子バンド構造を直接調べ、ホールキャリアの存在を示す「フェルミ準位」を測定した。

ARPESによる測定では、(Ga,Mn)As結晶に高強度紫外光を照射して電子(光電子)を放出させ、この電子の運動量とエネルギーを測定することにより結晶の電子状態を明らかにした。「(Ga,Mn)Asのフェルミ準位の位置を決定する方法は、これしかありません」と相馬准教授。「ただ、(Ga,Mn)Asの表面には厄介な問題があるのです」。

ARPESが調べるのは、ミリメートルサイズの走査領域の表面からほんの数ナノメートルのところまでなので、試料の表面は極めて清浄でなければならない。ところが、(Ga,Mn)Asが空気にさらされると表面に厚い酸化物が形成され、光電子信号がわかりにくくなってしまう。そこで研究チームは、宇宙空間並みの真空状態を維持できるスーツケースを開発し、これを使って高品質試料を成長チャンバーからARPESシステムへと移送した。

ARPESの測定結果から、(Ga,Mn)Asのフェルミ準位は価電子帯内の深い位置にあることが明らかになった。判明したフェルミ準位の位置は、キャリア誘起強磁性を記述する適切な理論モデルを選定するのに役立った。

興味深いことに、今回の測定結果から、放出される電子の強度が印加磁場の向きに依存することも示された。磁気線二色性として知られる効果である。「ARPESでこの効果が観測されることは、(Ga,Mn)As試料に強いスピン-軌道結合が存在することを意味しています」と相馬准教授は言う。「スピン-軌道結合の強さは、スピンを電気的に制御するコンピューティングデバイスやメモリーデバイスを実現するために必要とされる性質です」。

References

  1. Souma, S., Chen, L., Oszwałdowski, R., Sato, T., Matsukura, F., Dietl, T., Ohno, H. & Takahashi, T. Fermi level position, Coulomb gap, and Dresselhaus splitting in (Ga,Mn)As. Scientific Reports 6, 27266 (2016). | article

このリサーチハイライトは原著論文の著者の承認を得ており、記事中のすべての情報及びデータは同著者から提供されたものです。